トワイライトが滲む

東の空は紺色に染まり、西の茜へと続いている。

 

生まれてから今に至るまでに、これと同じ空模様が何千何万回と私の頭上を通り過ぎたのだろうか。それなのに私は、これほど綺麗な景色が頭上に広がっていることに初めて気が付いたのだ。体も経年劣化に耐えきれず、そろそろ天からのお迎えが来ようという時になって初めてだ。皮肉な笑みがこぼれるのもせんなきことだろう。なんと私のくだらない人生に相応しきことかな。公園のベンチで一人、人の世から旅立とうという私の後ろ髪を引くものは、この紺紅入り混じる幻想的な空くらいなものだと実感させられた。これが皮肉でないのなら何と言えば良いのか。

「やぁ、あんた。こんなところで何をしているんだい?ちょっと、私にも聞かせてくれやしないかい?」

思いもよらず掛けられた声に少し驚いてしまった。空を見上げていた私は気が付かなかったようだが、どうやら私の正面に人が立っていたようなのだ。これは阿呆な顔を見られたと思い、年甲斐もなく恥ずかしがりながら視線を下げた。しかし、視線を下げてもなかななか人の姿を捉えられず、勢いよくずいっと視線を下ろして、ようやく私がは合点がいった。見上げていた私が気付かないのも致し方ない。なぜならそこに居たのは年端もいかぬ少女だったのだから。

「おやおや、これは私もまだまだ人生経験が浅いものです。口ぶりから勝手に、人生を謳歌してきた妙齢の貴婦人かと思ってしまいました。これほど可愛らしいご婦人でしたとは」

「いい爺さんが小洒落た言葉遣いするもんじゃないよ。可愛らしいだなんてよしとくれ」

まさにこれから萌え出づる新芽のような幼気な見た目に、まだ男女の区別も難しいキンと響く声。それらにあまりにも不釣合いな老女の如き言葉遣い。一般常識に照らし合わせれば、幼い少女にそのような言葉づかいをされた私は立腹するのが当然であろう。しかし、私はどことなくそのちぐはぐさ面白きことと気に入ってしまったのだ。

「いやはや、これほどの愛くるしさに出会って死ねるのだ。私の人生にいくらの悔恨が残るというのでしょうか」

「よしとくれと言ってるだろ。こっちが砕けた話し方してるんだ。そんな話し方されたら小馬鹿にされてるみたいで落ち着かないんだよ。せめて普通に話してくれやしないかい」

話し方だけでない。容貌は幼いのだが、描き出される表情が子供のそれとはとてもじゃないが思えないのだ。最近の子供は大人びていると言うが、なんとも器用なものだと感心させられてしまう。

「そうかい? それじゃあ失礼して。女性と話すだなんて久しぶりのことだから、ついつい固くなってしまったんだ。申し訳ないね」

「構やしないよ。お前さんが独り身なのは知っていたしね」

「おや、どこかで会ったことでもあったかな? 私には覚えがないのだが」

「まぁ、実のところ初めましてではないのだが、こんな時間にこんなところで一人呆けているやつは大概家族のいない独り身だってことくらいは想像がつくさ」

「それもそうだ」

私は右拳を左の手のひらにポンと打つ。

「あんた、家族はどうしたんだい?

「おや、私に興味津々なのかい? 若い女性に興味を持ってもらうだなんて嬉しい限りだね」

「いいから質問に答えな。奥さんとは死別したのかい?

私は眉をピクリとあげて、息を一つ吐いた。そしていかにもといった顔でうつむく。

「どうしてわかったんだい?

そう私が答えると少女はニヤリと私のことを見た。

 

「さぁ、なぜだろうね。あんたはなんでだと思う?

「それはあれだ…超能力というやつだろ」

「そんなわけあるかい。真面目に答えな」

「実は私の生き別れた妹だったりとかか?

「どれだけ年の離れた妹がいるんだい」

「違うのか。そろそろ私の頭ではいい答えが思い浮かんできやせん」

思わず笑う私にやれやれと言いながら、ため息を一つこぼす少女。

「お前さんも仏教にある輪廻転生、つまりは生まれ変わりくらい知っとるじゃろ」

なるほどと、彼女の言いたいことに大体の当たりはついたものの、話しの流れとしてここは会話に乗っておくとしよう。

「そりゃあ、私だってそれくらのことは知っているとも。だが、その話がどう関係しているのかがわからない」

「あんたも察しが悪いね。さっきも言っただろ? 『厳密には初めましてではない』って。あんたのことを知ってて、こんなしゃべり方をしていて、このタイミングで生まれ変わりの話なんてしたら結論は一つしかないじゃないか」

「ほほう。それはつまり、君が僕の妻の生まれ変わりだと?

「そうだよ。相変わらず鈍ったらしいんだからこの人は」

少女を見ると優しく微笑んでいる。まるで本当に死に別れた妻がそこにいるようだった。

「そうかいそうかい。また会えるだなんて思ってもみなかったよ」

「嬉しくて思わず涙が出てきそうかい?

「ビックリしすぎて涙も出てこないよ」

そう言って私が笑うと、少女もははっと歯切れよく笑った。

「私はなんとも幸せ者だ。素敵な妻と今生の別れを済ませたと思ったが、思わぬボーナスステージだ。君への愛を忘れなくてよかった」

「まったく大袈裟だね。妻と再会したくらいでさ。確かにあたしはイイ女だ。そう言いたくなるのも仕方がないってもんだけどね」

ニシシと、目を細くして笑う少女がとても愛おしくてたまらなくなった。思わず抱きしめたくなるほどに。きっと少女はそうしても、何も言わずそっと抱き返してくれるだろう。何しろ私の妻なのだから。だけど、私はできなかった。だって、彼女は…。

「本当にありがとう」

「よしてくれよ。ただ会いに来ただけだっていうのにさ」

「そうじゃない」

「ん? どういうことだい?

「妻の振りをしてくれてありがとうってことですよ、小さな見知らぬ僕の奥さん」

私が少女の方を向くと、ビー玉のように目を真ん丸とさせて私のことを見ていた。そして、少女が下を向くと同時に、そこにあった暖かい空気のようなものは霧散してしまった。

 

 

彼女は少し気まずそうに、気だるそうに私に問いかけた。

「なんだい、意地が悪いね。いつからわかってたんだい?

「いつからと言われれば、輪廻転生のくだりくらいだね」

「とどのつまり最初っからじゃないか。本当に底意地の悪い男だね。まぁ、さすがに生まれ変わりってのには無理があったってことだろうね。まぁ、生まれ変わりなどという腐ったシステムが本当にこの世界にあるだなんて、私も信じたくはないしね。リサイクルのように何度も何度も死んではまた成型されて、この世界に産み落とされるだなんて、考えただけでゾッとしない。静かに眠らせてくれってんだ。それはさておき、とりあえずこの件に関しては私がまだまだ未熟だったということだね。人生の先達の経験深さを軽んじて、浅薄なお茶目さを披露してしまうとは恥じ入る限りだよ」

少女は膝に頬杖をついてジロリと私を一瞥する。

「いやいや、そんなことはない。思わず目頭が熱くなるほど感に堪えない演技であったよ。生まれ変わりなんて信じていなかった私も思わず信じたくなったほどだ」

「それじゃあ、なんであんた…

これまで数多いた詭弁論者のどれにも劣らぬほどの、悪徳な笑顔で彼女を見遣る。

「私はこれまでずっと一人であった。この皮肉と適当さのお陰か、女性に言い寄られることもなく静かに平和に暮らしてきたのだよ。君が初めて私にできた妻ということさ」

「それじゃあお前さん、さっきのは…

「老い先短い老人のユーモアというやつだ」

 

 

空はもうそのほとんどが紺に染まっている。わずかに西の空が白むのを残すだけだ。少女はベンチに座ったまま、頭をコテンと倒して紺に染まる空を仰ぎ見た。宵闇のなか、僅かに残る白い光に照らされて、少女の肌が白く浮かびあがっているようだった。そんな白い肌の上をサラサラと黒髪が流れる。空に向けてはぁと漏らした少女の吐息の香りなのか、甘い飴玉のような香りが私の鼻を撲つ。

「それにしてもあなたの妻役は迫真であった。思わず私には昔、こんな明朗快活な妻がいたようだと錯覚したほどだ。素晴らしかった。ところがだ、私にはまだ一つ腑に落ちぬ点がある。もし、この世界が小説の世界だとしたら、読者諸賢一同、同様に抱くであろう極めて順当な疑問だ」

そう言うと、上を向いている少女がそのまま顔をこちらに向ける。私は一番星を映し出す黒いビー玉と目が合った。そのビー玉のような瞳を見た瞬間、なぜだろうか、私は吸い込まれるような感覚と同時に、たじろぎ逃げ出したいという不思議な衝動に駆られたのだ。この幼い少女に私は、何をもってたじろぎたいと思ったのであろうか。皆目見当もつかぬが、それは事象として確かにあった。いやしかし、摩訶不思議ではあるが、考えたところで早々に答えがでるようなものでもなかろうと思い、私は言葉を先に進める。

「あなたはいつもそのようなしゃべり方なのかね? つまりつまるところ、ハッキリと言ってしまえば、なぜそのような齢であたかも老婆のごとき話し方をしているのか、ということだ。もう私の妻役は終わったのだし、普通に普段通りにしゃべってもいいと思うのだが」

少女をこともなげに視線を空へと戻した。おそらくは今までに飽きるほど投げかけられた言葉なのだろう。

「さぁ、なんでだろうね。私に聞かれても困るよ」

「あなたに聞かなければわからんだろう」

思わず私はハハッと笑ってしまったが、少女はふざけて言ったわけではなかったようだ。チラリと私を見た後に、肩をそのとがりのない、丸い拳で小突かれてしまった。ポフンと私のジャケットが波打つ。そして彼女の温もりが私の皮膚にまで伝わって来たのか、ジンワリと熱くなっている。

 

 

「少し関係のない話から始めるが、黙って聞いておくれ」

何度もしたい話じゃないからねと、少女は改まって向き直る。一瞬の逡巡を乗り越えて少女は口を開く。

「実は、私はあんたのことを前から知っているというのも丸っきり嘘というわけでもないんだ。勿論会ったことというのはないんだが、よくここで見かけていたのさ。いつもいつも、こんな明るい昼日中から公園に一人で、何に想いを耽ているのか知らないが、ただポツネンとしているあんたをよく見ていた」

本当に関係のない話に少しポカンとしてしまったが、それ以上に以前から私のことをこの少女は知っていたことに小さな驚きを覚えた。

「別に驚くことじゃないよ。あんたはいつだってボーっとしてたんだから、気付いていなくて当たり前じゃないか。いつもボンヤリしてて、こいつは絶対いつか風邪か熱中症でポックリ行くと思ってたよ」

少女が吐息を一つ吐くと、その顔にふっと呆れ顔が現れる。長年生きてきたとはいえ、年にしたら六十も七十も下の少女に呆れられる経験など生まれて初めてである。いやはや面目次第もないが、不思議と嫌な気持にはならなかった。私もついに長い年月を経て、仙人にも及ぶほどの明鏡止水、平気虚心を手に入れたのであろうか。いや、きっとそうではないのだろう。他の少女にされたのであれば怒ることはなくとも、心に細波くらいは立ったことだろう。この少女だからこそ、私はなぜかその呆れ顔を愛おしくさえ思えたのだ。

「あんたは言ってる傍からボーっとして。聞いてるのかい?

「あぁ、聞いている聞いている。私の耳はかなりの年代物だが、ほどほどの高機能でね。なんと、人の話を聞く機能まで付いているときたもんだ」

あんたの体で一番機能が高いのはその軽口だろ、と少女に窘められるとは人生何があるかわからない。

「それで、ポックリ往きやしないかと心配してくれて、こうやって話しかけてくれたのかい?

「心配などしていないよ。まったく調子の良い爺さんだね。まぁ、心配はしていないけれど、でも…」

再び逡巡し、上下左右と瞳が泳ぐ。

「ただ、あんたのことよく見かけるようになって、そうなると気になり始めて。そして思ったんだ。熱中症とか風邪とか、そういうものとは関係なく、この人はもうすぐ死ぬんじゃないかって」

少女は少しだけ俯いている。なるほど、言いづらそうにしていたのはこれだったのか。それならば得心がいく。こんなジジイになった私ですら、他人の死に触れるというのは慣れないものだ。

「それで話してみてどうだい? 思いのほか元気な老人で驚いただろうか」

「調子の良すぎる、軽薄な好々爺なことに驚いたよ。もっと寡黙で落ち着きのある人かと思っていたのに」

「それは、君の思いに沿えなくて申し訳なかった。今からでも取り繕ったら間に合うだろうか」

「そういうところがあんたは軽薄だって言っているんだよ。あんたみたいに軽い人間は、吹かれた風にのってどっかに行っちまいそうで、見てる周りの人間が冷や冷やするんだ。重く厚いのが良いとも思わないが、それでも寄らば大樹の陰なんて言葉もあるくらいだ。もういい爺さんなんだから安定を求めてもいいんじゃないのかね」

「これはこれはなかなかに真言だ。しかしながらあえて言葉を返させてもらおうか。私は一人身で、あとはこの世を去るだけの身だ。私に必要なものは重厚な安定ではなく、余生を面白おかしく生きるための軽妙さではないだろうか。人は裸で生まれてくるなどというけれど、その実色々なものを来て生まれてくる。性別であったり病気であったり家柄であったりと。従わなければならないものも多ければ、守るものも多いだろう。だからこそ若いうちは安定を求めたほうがいい。しかし色々なものを脱ぎ捨てて、老い先短い余生しか残されていない私だからこそ、軽々な振る舞いも納得がいくと言うものじゃないかね?

まったくあんたって人はと呟いて、少女はまた一つため息を吐いた。そして少女は再び私を見る。上から下まで一周。そして、私の瞳をじっと見つめる。

「あんたは確かに軽薄だ。だけどやっぱりそれだけじゃないんだよ。老い先短いにしてもどこかこう、希薄すぎるというか。だから老い先とかではなくて、近々死ぬんじゃないかって思ったんだよ」

「軽薄で、尚且つ希薄とは、私はどれだけ薄っぺらいのだろうか」

「もしかしたら、あんたの軽薄さは生まれつきなんじゃないかって気がしてきたよ

「そういう悪態をさらっとつけるところが羨ましい」

「私もあんたのそうやってさらっと話をすり替える技術が羨ましいと思ってるよ」

この少女はどこまで見透かしているのだろうか。

「まぁ、この際あんたの軽薄さや誤魔化しやらはどうでもいい。もっと言えばあんたが死ぬかどうかも本質的にはどうでもいいんだ」

少女の口は開かれたが、続きの言葉は出てこない。再度勢いをつけて彼女はようやく言葉を押し出した。

「私はもうすぐ死ぬんだよ。たぶん一年か二年か細かいことはわからないけどたぶんそれくらいにね。成長した私の体を動かすには私の心臓は弱すぎるそうだ」

少女はその後も気にしないでくれだとか、そう悪いばかりでもないなどと言っているようだが、正直私の耳にはほとんど入ってはこなかった。

 

その言葉を聞いて、私はまさかと言いかけたが、少女の顔を見て言葉を呑み込んだ。少女の言葉の真偽を確かめることが野暮なように思えたのだ。それに、言われてみればその方がいろいろなことに合点がいく。おそらく、最初に逡巡していたのは、私の死に触れることではなく、自分の死を話すことについてだったのだろう。そして少女は知らないなどと言っていたが、私が先ほど投げかけた疑問への回答がこれなのだろう。どうして少女は年老いた話し方なのか。いや、それだけでなく、十年そこそこといった短い人生で、なぜこれ程までに歳不相応に達観しているのか。それは…

 

『少女にとっての一生は、もとより十年そこそこと決まっていたからだ』

 

イソギンチャクが百年で、インコが三十年で、リスが五年で、ネズミが一年で、線虫が十数日で年老い当たり前に老体となり死んでいく。それが彼女の場合は十年だったのだろう。私が八十年かけてようやく生涯を終えられるところを、少女は何倍もの速さで駆け抜けてきたのだ。少女は少女でありながら、すでに天寿を迎えんとしているのだ。ここで私は一つの確信を得た。

「何を見ているんだい。もしかして憐れみかい? それならもう間に合ってるよ。憐れみや同情なんてものは飽き飽きだ。そんなことされたってどうにかなるものでもないしね。私はただ、一緒に終わりが迎えられるなら、あんたの傍にいるのもいいかもしれないって、ただそう思って話しかけたんだよ」

少女にそう窘められたというのに、私は目が離せなかった。

「違うんだ。そういうつもりで見ていたわけではないんだ。私はただ君に…」

胸の奥底から笑顔がこぼれてきた。

「君に見惚れていただけなんだ」

私は確信を得た。私はこの少女のような老女に、老女のような少女に恋をしてしまったのだ。対等な恋をしたいと思ってるのだ。

 

あまりに予想外であったのだろう、少女があんぐりと口を開けてこちらを見ている。その表情があまりに滑稽だったもので私の笑顔はさらに強味を増し、ついには声を上げて笑い出した。

「こ、ここまで軽薄だとは思っていなかった。からかうのも大概にしときな」

少女の赤らめた表情を初めて見てしまった。なんとも筆舌しがたいほどの攻撃力だ。

「嘘でもなければ冗談でもない。私はあなたが好きになった。ただそれだけの事だ。生きていれば何度か出会う普通の恋だ」

私の素直な言葉が少女に届いたのか否か私にはわからないが、これまでの饒舌な悪態も返ってこず沈黙が流れた。だから私は素直な言葉を続けた。

「確かに私の寿命もあと少しだ。一年やそこらだろう。それならばこの残り少ない命を君のためにすべて使ってみるのも一興ではなかろうか。…いや、最後の余りものみたいな時間なのだからいっそ余興といった方がいいのだろうか。私の経験、知識、資金、人脈そのすべてを駆使して、少女の寿命を延ばす努力をするのも楽しいと思うのがいかがだろうか」

押し黙っていた少女が、押し黙ったままこちらを勢いよく見た。

「なんてことはない。惚れた女を救いたいと思うのは当たり前のことであろう?

少女をその一瞬で色々な表情を見せた。嬉しさや困惑や期待や不安やいろいろな表情を。少女は初めて、コロコロと元気よく転がるような十歳の少女らしい表情を見た。

「こ、こんなもうすぐ死ぬ女を口説こうだなんて、あんたは人間のクズだよまったく。それに一応私は子どもなんだ。あ、あんたは人間失格だよ」

赤らめてはいるが、一瞬だけ見えた少女らしい表情はまた霞むように消えてしまった。

「君を好きなことがクズだと言うのなら私はクズになろう。君を好きなことが人間失格だというのなら私は人間をやめてやろうじゃないか。惚れるとはそういうものであろう?

少女はその小さな拳でまた私の肩をポフンと殴った。

「それじゃあ、さっそく行こうじゃないか。私にはあまり時間がないんだ。君の病気について調べにいこう」


 私は立ちあがる。少女もそれに続いて立ち上がる。

いつか彼女の病気が治り、寿命が普通の人達と変わらなくなったら、おそらく少女は普通の少女になってしまうのだろう。先ほど一瞬だけ見せた十歳らしい表情になってしまうのだろう。そうなってしまえばたぶん、私の恋心は雲散霧消するのだろう。

それでも私は少女の少女らしい笑顔を願う。私は私の恋の終わりを願う。


私は歩く。少女と共に


トワイライトが滲む空の下を。