駄菓子屋のわらび餅と、【macaroni かじゅ】

※まったりカラフルスローペースユニット【macaroni
 メンバー”かじゅ”のイメージストーリー

 

 

 

 

「おじさん!!今日のわらび餅黒蜜少なくない!?」

 

 

 

 

 

初夏の青空にこれでもかと白く輝くおてんとうさまから届く眩しい日差しであたり一帯がまぶしく彩られている。

 

 

 

 

そんな晴れた暑い昼中に、ひさしの影となった駄菓子屋の長椅子で女の子が店のなかに向かって大きな声をあげた。

 

 

 

店のすぐ裏手に広がる山並みの静けさが、その女の子の元気さをなお一層引き立てているようだった。

 

 

 

 

「さすがかじゅちゃんだ。ばれないと思ってたんだが甘かったかね」

 

 

「当たり前じゃん。何年おじさんのわらび餅食べてると思ってるの。

小さいころからおばあちゃん家にくる夏は必ず食べてるんだから!わかるよ!!」

 

 

銀色の髪の毛を丸くふたつに結わえて、ともすれば真っ白いパンダのような髪型を揺らしておじさんにずいっと詰め寄った。

 

 

 

「そいつはありがてえ話だね…」

 

 

 

「だからこそ、私は怒っているの!!毎年食べてるあの味が食べたいのに!!!」

 

 

 

 

 

「年度開けてからこっち物価も税金もあがりっぱなしなんだから勘弁してもらえねえか?」

 

 

 

「おじさんは、私がすっごい美味しいおじさんのわらび餅を食べた時の最高の笑顔がみたくないの?おじさんの人生においてこれほど素敵な笑顔はそうそうお目にかかれるものじゃないよ?!」

 

 

 

「確かにかじゅちゃんの美味しいもん食べた時の笑顔は最高なんだけどよ、この田舎でそうそうサービスしてたら…」

 

 

「見たくないの?」

 

 

ずいっとさらに詰め寄るかじゅにおののきながらも、はぁとため息をひとつついて奥から黒蜜の瓶を持ってきた。

 

 

 

「……好きなだけかけてくれ」

 

 

 

そういって清々しい敗北というわけではないのだろうが、仕方がないなという笑顔でかじゅに黒蜜の瓶を手渡した。

 

 

 

まだ梅雨まっただ中の6月にしては珍しく抜けるような青空を黒蜜越しに覗いてみる。

太陽に近いほど黒蜜が琥珀のように明く深みのある黄色に輝いていく。

そして全体の小さな泡たちが、きらきらときらめいて、まるでダイヤや水晶かけらをたくさん放り込んだようだ。

 

 

 

「きれいだなぁ…。美味しいものってだいたい綺麗なんだよね」

 

 

 

 

黒蜜越しでも少しだけ眩しいのか、たいして困っていないのに困ったように眉をよせて瓶をゆらゆらと揺らす。

 

 

 

 

一通り眺めて満足したのかむっと気合いを入れて黒蜜の瓶のふたに手をかけた。

 

 

 

蓋がとれ、小さなひしゃくにトロっと黒蜜を掬い取り、いざわらび餅にかけようと、長椅子の隣の席に置いたわらび餅に手を伸ばした。

 

 

……?

 

わらび餅に伸ばしたはず…。

 

 

ふわふわ?

 

もこもこ??

 

 

 

さし伸ばした指から伝わってくるのは、あたかも動物の毛皮にでも触れているようなふわふわもこもことした感触だったが、いくら裏手が山だからってこんなところに動物がいるわけない…。

 

 

 

 

いるわけないことはなかった。

 

 

 

見事にずんぐりとした、もこもこな動物がそこにいた。

 

 

 

 

 

「わぁっ!!」

 

 

 

驚いて思わず大きな声とともにその手を引っ込めたが、その動物は尻尾をぱたりとひと揺らししただけで、表情を変えずにわらび餅のさらに隣に座っている。

 

 

 

「どうしたかじゅちゃん!?」

 

 

店内からおじさんが慌てて飛び出してきた。

 

 

目をくるくるさせながら言葉にできない声をだしておじさんに今触った動物を指さした。

 

 

 

「なんだハチさんじゃねえか…そうかそうか、そういえばそうだったな。かじゅちゃんは初めて見るんだよな」

 

 

かじゅは変わらず目をくるくるさせながら、必死で質問を返した。

 

 

 

「ハ、ハチさんって…?」

 

 

 

「見ての通りの狸だよ。たぶんこの山に住んでんだろうな。暑い日の真昼間なんかは特に、そうやって店の軒先の陰で一休みしてんだ。いつもその椅子に座ってただ景色をぼーっと眺めて…何を眺めてんのか俺にもわかんねえけどよ。まぁどいてくれっつってどいてもらう理由も特にねえしな。来た時は居たいだけそこに居させてやってんのよ」

 

 

生まれてこのかた狸というものを初めてみたかじゅは、もう驚いてはいないものの恐る恐る横顔を覗き込んだ。

 

 

 

アニメや漫画でみるような丸くてアホっぽい感じはないが、

犬や狼にはない愛くるしさがある。

 

 

 

 

こんなんで危険がたくさんの山で生きていけるのだろうかと心配になってしまう。

 

 

 

 

そんな心配を察したのか、ハチさんは尻尾をぱたんとくゆらせて耳をパタパタと動かして、目線だけちらっと寄越したかと思ったらまた正面を向いてしまった。

 

 

 

 

 

 

そんな様子を見ていると、おじさんは店先にあったパンを一つ袋から出してハチさんの前に置いた。

 

 

 

 

「なんなの?このパン??」

 

 

 

おじさんが当たり前にパンの袋を開けるので、自分で食べるのかと思っていたかじゅは訝しげにおじさんに尋ねた。

 

 

 

「何って…おすそ分け?」

 

 

 

 

「おすそ分け…?………え!?狸ってパン食べるんですか!?」

 

狸が普段なにを食べているのかは知らないが、そんな人間らしい食卓を囲っているとも思えない。

 

 

 

そんなものを食べるとは思ってもいなかったかじゅは聞き返したもののほとんど半信半疑だった。

 

 

 

狸がそんな洋風な中はふんわりしっとり、バターの濃厚な香り立つバターロールを好んで食べるなんてそんなことがあるのか…。

 

 

 

パンとはあくまで人間の味覚を想定したものであって、

 

 

 

狸の味覚がどんなものかすらわからない人間が作った食べ物を本当に狸が食べるのか。

 

 

 

 

 

にわかには信じられなかった。

 

 

 

 

…というか、食べないでくれたら自分がそのパンを食べたかった。

 

 

 

 

 

「…かじゅちゃん!?かじゅちゃんはわらび餅食べてる最中だろ!?よだれ垂らしながらハチさんのパンを狙わないでくれ!!」

 

 

 

そうたしなめるおじさんに対して、思わず涙目になる。

 

 

 

 

「だって…だっていい匂いが…パンがぁ…」

 

 

 

 

「わかったわかった!あとでかじゅちゃんにもひとつあげるからハチさんのは取るんじゃねえぞ!!」

 

 

「…本当?」

 

さらに目頭には涙がたまっていく。

 

 

 

「本当だ本当!おじさんは約束はやぶらねえから」

 

 

 

 

 

「やったぁ!!!!!!んふっ!!」

 

 

 

 

両手を上げて喜んでハチさんを見ると、ハチさんがまた横目でかじゅをみていた。

 

 

 

 

 

どう見ても呆れた顔をしている気がする…。

 

 

 

 

 

「なっ!!ハチさんにはわからないかもしれないけれど、美味しいものを食べるっていうのは人間にとって至高の至福で幸せなことなんだよ!私たちがもし80年生きるとしたら、日数にしたら29220日、時間にすると701280時間、42076800分、2524608000秒だよ!!つまり何が言いたいかっていうとそれだけしか時間がないってこと!そんな中で私たちが笑うことができる機会なんて何回あるか!!そんな大事な笑う機会をくれる美味しいもの!だから美味しいものは素敵なんだよ!!わかったかなハチさん」

 

 

 

 

ハチさんは一つ息を吐いた。

 

 

まるで呆れてため息でもつくように。

 

 

 

 

そしてまた目線を正面に戻してじっとしている。

 

 

 

 

そうしていると、まるでハチさんだけ別の世界とか、別の時空とかにいて、

 

 

近くにいるのに、近くにいない…そんな心地だった。

 

 

 

すぐそこにいて、手を伸ばせばきっとまたあのもこもことした感触が指に伝わってくるんだろうけれど、触れる気がしないというか、なんとなくこのまま透けて消えて行ってしまいそうな気がして、どうしても目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ハチさんはいったい何を見ているの?」

 

 

 

ハチさんは黙ったまま、ただただ静かに座っている。

 

 

 

 

消えてどこに行ってしまいたいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきはああ言ったけど…」

 

 

じっと眺めている私に、後ろからおじさんが声をかけた。

 

 

振りかえると、新聞をしかめ面しながら読んでいる。

 

 

「さっき?」

 

 

「あぁ…さっきは『何を眺めてんのかわかんねえ』って言ったけど」

 

 

 

 

 

「けど?」

 

かじゅは首を傾げながらおじさんに問い返した。

 

 

 

 

「たぶん子どもを見てんじゃねえかな…」

 

 

 

おじさんは少し歯切れ悪くそう言った。

 

 

 

たぶん、自分でも信じがたいと思っているのだろう。そんな感じの顔をしている。

 

 

 

 

ただ、言うなれば自信のない確信みたいなものが、きっとおじさんの中にはあるのだ。

 

 

 

 

 

 

「去年の夏真っ只中に台風が来たんだけどよ。けっこうでかい台風でこの辺なんかも結構荒れたんだ。で、道を挟んだ向こう側の川もそんなに大きい川じゃないけど、その時だけは全く違う川みたいに茶色い濁った水が轟々と音を立ててすごかったんだ」

 

おじさんは新聞を読んでいるようだったけど、たぶん話始めてから一文字も読み進んでいなかった。

 

 

 

「その台風が去ったあと、川も徐々に落ち着いてきたんだ。そしてそんな中に一匹の小さな狸がいたんだよ。もう動かなくなっちまった仔狸がよ」

 

 

そこで一回言葉を切り、おじさんはハチさんと同じように川の方を見る。

そして、ハチさんと同じように、きらきらとした夏の光に透けてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

この時点でかじゅも、おじさんが何を言おうとしているのか大体の察しはついていた。

 

 

 

 

 

「その小さな狸がハチさんの子どもだったんだ」

 

 

 

はっとして、消えそうな世界から帰ってきたおじさんはまた新聞に目をもどした。

 

 

 

 

「その狸がハチさんの子どもだったなんて証拠があるわけじゃねえし、例えそうだったとしても、そんな墓参りみたいな理由でここに来てるのかもわからねえ。ただ、そんな気がするってだけなんだけどよ」

 

 

 

 

ハチさんの消えてしまいそうな空気は、今はもうない過去を見ているからなのかもしれない。

 

 

 

 

かじゅ達の話が終わるのを見計らっていたのか、ハチさんはパンに鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅いでいる。

 

 

そして一口かじり、ごくんと飲み込んだ。

 

 

 

それこそ人間の食べ物だ。

 

 

ハチさんにとって美味しいかどうかわからないし、食べ物の味にさして違いなんてないのかもしれない。

 

 

 

だけど、

 

 

 

だけどそれでも、

 

 

 

 

笑ってほしい。

 

 

 

美味しいって笑ってほしいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ハチさんちょっとこれ借りるね!!!」

 

 

そう言ってかじゅはハチさんの目の前にあったかじりかけのパンを手に取った。

 

 

 

ハチさんもさすがにびっくりしたのか、目を丸くしてかじゅのことを見た。

 

 

 

かじゅはパンを半分に割り、そこにおじさんから奪い取った黒蜜を塗る。

 

 

 

そしてわらび餅にかかっているきな粉をその黒蜜の上に振りかけた。

 

 

 

 

そして、一仕事やりきったとばかりに誇らしげな笑顔を浮かべたハチさんを見た。

 

 

「ハチさんこれ食べてみて!!絶対美味しいから!!!きっと笑顔になれるから!!」

 

 

 

 

 

かじゅはそう言ってハチさんの前に再度パンを置いた。

 

 

 

 

傍から見ればただ切れ目が入っただけで、何も変わっていないパンだが、

 

 

ハチさんは匂いを嗅いでから、もう一度かじゅを見やった。

 

 

 

目をきらきらさせて、自信満々なのが顔中から伝わってくる。

 

 

 

 

そんなかじゅをじっと見つめた後、おそるおそるその甘い香りが加わったパンに口を付ける。

 

 

 

一口…咀嚼して飲み込む。

 

 

 

 

少し思案気な顔を浮かべながらももう一口。

 

 

 

 

 

さらにもう一口。

 

 

 

ぱくぱくと半分ほどをぺろりと平らげてしまった。

 

 

 

 

そしてハチさんはもう一度パンを咥えた。

 

 

 

 

ただ、今度は食べるのでなく、咥えたまま歩き出したのだ。

 

 

 

 

店の前の道を横切りその向こう側の川のほとりへと歩きついたかと思うと、

 

 

 

なんの躊躇もなく川にパンを捨てたのだ。

 

 

 

 

「え!?ハチさんなんで!?!?美味しくなかった?」

 

 

 

かじゅは慌ててハチさんのもとに駆け寄るが、

 

 

さざ波に揺られながら、パンは下流へ下流へとゆっくりと流れていく。

 

 

 

 

 

 

「うまかった」

 

 

 

ハチさんにきな粉パンを否定されたようで、それこそ肩を膝を気を落として打ちひしがれていたかじゅは、その突然の声にびっくりした。

 

 

 

 

びっくりしたが、その声がどこからしたのかわからなかった。

 

 

 

 

いや、どこからしたのかはわかっている。

 

 

 

ハチさんから聞こえたのだ。

 

 

 

 

しかし、ハチさんがしゃべるわけもあるまい。

 

 

 

なんだろうか…ハチさんが鳴いた声が、なんとなくそんな風に聞こえたのだろうか。

 

 

 

 

 

「あれだけ美味いんだ。生きているやつだけじゃない。きっとあの世にいる子だって笑顔にできる…。美味かったからよ、俺の子にも食わせてやりたかったんだ」

 

 

 

 

 

ハチさんの口からまたもや流暢な言葉のような鳴き声が聞こえる…。

 

 

 

 

 

 

そんな想像もしていなかった出来事に目を白黒させながら、目をくるくる回して、混乱しているかじゅを尻目にハチさんは山への道をぽとぽとと歩き出した。

 

 

 

 

 

かじゅはあまりに驚いていて、その様子をただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

そしてハチさんは最後にもう一度鳴いた。

 

 

 

 

 

「ありがとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハチさんの後ろ姿は次第に小さくなっていく。

 

 

 

 

 

それを見てかじゅは急いで立ち上がり、その小さくなっていく背中に大きく手を振った。

 

 

 

 

「ハチさん!またね!!また一緒に美味しいものを食べようね」

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に振り返ったハチさんの顔は

 

 

 

 

 

 

笑っていた。

 

 

 

狸の笑顔なんてどんなものかわからないけれど、それこそ自身のない確信だけれど、

 

 

 

絶対に笑った気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいかじゅちゃん、ハチさんは帰ったのか?」

 

 

 

かじゅの声を聞いておじさんがまた店から出てきた。

 

 

 

 

 

 

「おじさん!パン頂戴!!さっきくれるって言ったよね!!」

 

 

「お、おう…言ったけどどうしたんだよ突然」

 

 

 

 

 

「私もきな粉パンが食べたくなったの!!!」

 

 

 

 

ともすればニヤニヤしていると言われてもおかしくないくらいうれしそうに笑いながら、かじゅはおじさんに自慢げに語る。

 

 

 

 

 

「なんてったって、私のきな粉パンは狸すら笑顔にするほど美味しいきな粉パンなんだから!!!」

 

 

 

 

そう言って店の中から勝手にきな粉の箱も持ち出してきた。

 

 

 

 

 

「まったくかじゅちゃんにはかなわねえなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

黒蜜の甘さにきと粉の香ばしさが入り混じり、それを濃厚なバター薫りが包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

美味しいは笑顔だ。