昇ると落ちる

今日も僕は火薬を玉に詰める作業に追われている。

 

 

 

すっかり火薬の匂いがしみついてしまった手を見つめ、

 

 

 

 

「こんな風に生きるつもりではなかったのだけれど…」

 

 

 

 

ぽつりとそんな言葉を無意識のうちに漏らしていた。

 

 

 

 

そんなことを呟いている空では、日が真上よりも傾きかけている。

 

 

こういう時は普通『日が落ちてきている』というのだろうけれど、

 

 

 

 

別段『夜が昇ってきている』と表現しても間違いではない。

 

 

 

 

しかし、夜が昇るという言葉は生まれてこのかた聞いたことがない。

 

 

 

 

 

「この世界は、いろんなものが昇っては落ちる世界だな。昇るだけというのもいいと思うのだけど」

 

 

 

 

 

そんな無為なことを考えながら、なぜこんな火薬まみれの世界で頑張ってい生きているのかを、作業の片手間に、頭の片隅で考えていた。

 

 

 

その答えは割と簡単なことだ。

 

 

 

 

それはまぁ、つまりつまるところうちのバカな妹のせいだ。

 

 

 

 

どこがどうバカなのかと言うと、説明するのは難しいのだけれど、

 

 

 

勉強ができないわけではないし、

 

 

 

とりわけ物覚えが悪いというわけでもない…。

 

 

 

 

強いて言うなれば、そう『お祭りバカ』なのだ。

 

 

 

 

 

僕が覚えている妹は、いつもはっぴ姿だったような気がする。

 

 

 

もちろん、学校や買い物など外にでるときは普通の格好だったけれど、

 

 

 

夏場の家の中では四六時中二十四時間、ずっとはっぴ姿なのではないかと思うほどだった。

 

 

 

着ている時間もさることながら、

 

 

″祭″の一文字を背負った姿が、彼女ほど似合う女の子はいないのではないのだろうか。

 

 

 

 

そんな“祭”を背負って、どんな小さなお祭りであっても彼女はすっとんでいった。

 

 

 

 

そして、その顔は夜店通りのきらきらとした明りに照らされて、緑に黄色に赤色にと顔色が変わっていく。

 

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん。お祭りっていうのは魂をまつることがもとになってるんだよ。もちろん、神様にお祈りしたり、作物がたくさんとれるようにっていうものもあるけど、このお盆にやってるお祭りのほとんどはひとの魂に向けたものなんだって」

 

 

 

 

妹のお祭りに対する知識は、もはや大人顔負けである。誰からこんなことを教わっているのか。あるいは学校の図書館にそういう本でもあるのか。

 

 

 

 

「本も読んだし、村のおじいちゃんとかに聞けば自慢顔で教えてくれるよ」

 

 

 

こいつは将来何になるつもりなんだろう…。

 

 

お祭り博士とか…いや、そんな仕事ないだろう。

 

 

 

 

 

まぁ熱中していることが危ないことや悪いことじゃなくてまだよかったが。

 

 

 

 

 

そんなくだらなくて、ついつい呆れ顔をしてしまうほど平和だと実感できる日々を、僕は妹と過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

そして、僕たちの人生をかえた日が…祭囃子に誘われて、ついにやってきてしまった。

 

 

 

その日は、地元で毎年やっている恒例のお祭りだった。

 

 

 

僕は、いつも通りのはっぴ姿の妹を連れて歩いていた。

 

 

 

祭りが始まる前の言葉にできないせわしなさと、滲むようにじんわりと地面から立ち上る熱気が、祭りのはじまりを告げている。

 

 

 

いやが上にも、わくわくとしてくる。

 

 

 

空の色は黄昏を過ぎて青白く染まっていく頃、早々と太鼓の音がダダダダと空気を震わせて鳴りだした。

 

 

 

男たちの大きな声も聞こえてくる。

 

 

 

そして一発の花火が打ちあがった。

 

 

 

まったく今回のお祭りはなんてせっかちなんだ…そう思いながらも妹と一緒に花火が咲き誇る瞬間を、じっと見つめながら待っていた。

 

 

 

だけど、青白い空に花は咲かなかった。

 

 

 

 

打ち上げられた花火は昇るだけではなく、落ちてきたのだ。

 

 

 

 

とてつもなく眩い光に連れられて、大きな破裂音と地響きがやってきた。

 

 

 

そして、その後も花火は何発と打ち上げられて、そして地上に突き刺さっていく。

 

 

 

花火だと思っていたそれは、花火じゃなかった。

 

 

 

 

 

ミサイルだった。

 

 

 

 

 

さっきから聞こえていたのも、太鼓の音じゃなくて銃声だったんだ。

 

 

 

男たちの声も祭りの喧騒なんかじゃなく、必死の掛け声や最後の叫びだったんだ。

 

 

 

 

それに気づいた瞬間、妹を連れて駆け出した。

 

 

 

妹はまだよくわかっていない顔をしていたけど、とてつもなく恐ろしいことが起きていることは肌で察しているようだった。

 

 

 

 

僕達は森の中まで精一杯走り抜け、一晩中音がやむまでふたりで丸まって隠れていた。

 

 

 

 

 

 

妹の手が震えているのがわかったけど、どうしてやることもできなかった。

 

 

妹の手を握っている自分の手も、震えているのがわかっていたから。

 

 

ただひたすらに、見つからないことだけを祈って時をすごした。

 

 

 

 

 

 

 

夜が西の空に消えていった頃に、僕達は二人家族になっていた。

 

 

 

 

家もなく、両親もいなくて、そんななか子供の自分が生きていくことなんてできない…。

 

 

 

悲しすぎて…できるわけがない。

 

 

 

僕は茫然として、青服に着替えた夏の空を、ただ見上げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

すると突然、僕の右手がぎゅっと握られた。

 

 

 

妹は大声をあげながら、ぼろぼろと涙をこぼしていた。

 

 

 

妹の泣き声にも気づいていなかったのだ。

 

 

 

大声をあげて、わんわんとまくしたてるように泣いていた。

 

 

 

普段の僕だったら迷惑ぶった顔で「人前で大声を出さない」なんて説教をするのだろうが、

 

 

正直、このときだけはその涙に救われた。

 

 

 

 

泣きついてくれるひとがいるのだと、

 

こんな無力な自分を頼ってくれるひとがいるのだと。

 

なにもできない僕のそばにいてくれるのだと。

 

 

 

…妹を立派に幸せにするまでは死ねない。

 

 

 

神でもない、他の誰でもない…妹に誓って。

 

 

 

 

 

 

落ちてきたミサイルが花咲いた、あの日にはじまってしまったこの戦争を、

 

 

 

ふたりで生き抜くんだ。

 

 

 

 

それから僕は必死で働いた。

 

 

お金になりそうなことはなんだってした。

 

 

 

妹にだけはちゃんとご飯を食べさせたい。

 

まだ小さい妹の寝る場所だけは、なくすわけにはいかなかった。

 

 

 

 

僕が生きていくためにはそれが絶対必要だったんだ。

 

 

 

 

一方、妹も妹で必死なようだった。

 

 

 

小さな手で、必死に僕の手伝いをしてくれる。

 

 

 

 

それは嬉しいのだけど、どこか自分がふがいないせいだと言われているようで、悔しい気もした。

 

 

あれだけお祭りが大好きで、いつだってはしゃいでいたのに。

 

 

あの日以降彼女がお祭り騒ぎをすることはなくなってしまった。

 

 

 

 

だから、言ってみた。

 

 

 

「お前にはできるだけ苦労をかけるつもりはない。だから、そんなに無理して頑張らなくてもいいんだよ。昔みたいにお祭り騒ぎしたって兄ちゃんは怒らないから」

 

 

 

 

すると妹は、

「べつに無理してるつもりも頑張ってるつもりもないよ。ただ、お兄ちゃんがしてることを私も真似してるだけだもの」

 

 

そういうことらしい。

 

 

 

 

なんというか、自分はちゃんと頑張れているのだとわかって、少しだけ誇らしく思えた。

 

 

 

 

今まで以上に頑張った。

 

頑張れているとわかってもっと頑張れた。

 

 

頑張って、小さな小さな平和を握りしめて…

 

 

 

そしてその平和も、指の隙間からふわふわとこぼれおちていった。

 

 

 

 

 

 

「けっこう、この靴って重いんだなぁ。おっと、帽子帽子。なんていうか全然似合わないよなぁ。まぁ、ベルトを締めれば心も引き締まる…わけもないか」

 

 

 

妹は部屋から出てこようとしない。

 

 

 

「おーい」

 

 

 

返事すらしようとしない。

 

 

 

 

 

もしかしたら、怒っているのかな。

 

 

 

しょうがないか、たったふたり残された家族なのに、その妹を残して僕はこの家を出ていってしまうのだから。

 

 

 

 

「おーい…行ってくるからなぁ…」

 

 

無言の返事が返ってくる。

 

 

 

本当にあいつには申し訳ない。

 

 

 

僕は靴ひもをしっかりと結んで立ち上がった。

 

 

「これからは今までのように稼いでくることもできないと思います。ですが、どうか妹のことだけはよろしくお願い致します」

 

 

 

僕達を預かってくれていた親戚のおじいさんは、何も言わず、そっと頭を撫でてくれた…。

 

 

 

おばあさんはあたたかく微笑んで、たくあんと大きなおむすびをひとつ持たせてくれた。

 

 

 

 

 

今までふたりで生きてきたつもりだったけど、もっと早くこの人たちに頼ってもよかったのかもしれない。

 

 

 

おじいさんの手のひらが重くて、少しだけうつむいた僕の顔から、

 

 

 

重力に負けた滴が、ぽたりぽたりと玄関の地面にしみこんでいった

 

 

 

 

そのまま涙を流しながら僕は玄関を出て、電車の汽笛を目印に歩き出した。

 

 

 

 

 

「あの人たちと一緒なら、僕がいなくてもきっと妹は幸せになれる」

 

 

 

確かめるように、そんな風に呟いていた。

 

 

 

 

僕は、なんでこんなに自分でも落ち着いていられるのかわからなかった。

 

 

 

これから妹と離れて生きていくのに。

 

 

 

いや、死んでいくのかな。

 

 

どちらにしろ、もう妹に会えないかもしれないのに。

 

 

 

 

ゆっくりと、東京へ向かう列車がホームにはいってきた。

 

 

キップともう一枚「臨時召集令状」と書かれた赤紙を確認して、僕は列車に足をかけた。

 

 

 

「あぁ、これから戦争に行くっていうのに、こんなに落ち着いていられるのは

…これで妹を守ることができるかもしれない…だからかもな」

 

 

 

 

 

足に力を込めて列車の床を力強く踏んだ。

 

 

 

…だけど、予想に反して僕の体は後ろによろけて、列車からおりてしまった。

 

 

 

 

妹が服の裾をしわになってしまうくらい、力強く握っていた。

 

 

 

 

「見送りにきてくれたのか?てっきり怒ってるのかと思ってたよ」

 

息を切らしてうつむいている妹の頭を、そっと撫でながら僕は声をかけた。

 

 

 

できるだけいつもと同じように。

 

 

「おじいさんとおばあさんのいうことをよく聞いて、頑張るんだぞ。兄ちゃんも頑張るからな」

 

 

 

うつむいたままの妹の顔はみえないけれど、ぐずぐずと嗚咽が聞こえてくるから、どんな顔をしているのかはだいたいわかる。

 

 

 

 

 

「きっともうすぐ戦争も終わる。そしたらきっとまた、お祭りもできるようになる。…その時は目いっぱい楽しむんだぞ」

 

 

 

「お祭りは…」

 

 

 

 

「ん?お祭りがどうした?」

 

 

「お祭りは…死んだ人の魂を祀るものだから…お兄ちゃんが死んだりしたら………もう楽しめないよ」

 

 

 

 

なんて答えたらいいかわからなかった。

 

 

今から自分が行く場所を考えると、簡単に『絶対生きて帰る』なんて返事ができるものじゃなかった。

 

 

 

 

 

だから…

 

 

だから、簡単なんかじゃなくて…精一杯の覚悟を込めて言った。

 

 

 

「絶対生きて帰るから。お前がまた昔みたいに祭りを楽しめるように、絶対帰ってくるから」

 

 

 

 

「本当に…?絶対だよ!!帰ってきたら、あの日できなかったお祭り、絶対一緒にやろうね!打ちあがらなかった花火を今度は絶対打ち上げようね!!」

 

 

 

 

しゃがんで、妹の顔を覗き込んだ。やっぱり泣きじゃくって、唇をかみしめていた。

 

 

 

 

妹の腕が首に巻き付いてきた。

 

 

肩がどんどんと濡れていく。

 

 

 

 

「わかった…僕が戦争から戻ったら一緒にお祭りやろうな」

 

 

 

 

妹は黙ったまま、泣きながら、首に抱き着いたまま、力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな風に妹と約束をしてから、すでに2年もたっているのか。

 

 

 

妹との約束を守るために、絶対に生きて帰るためにこれ以上ないってほど頑張った。

 

 

そんなお祭りバカな妹との約束のために、戦争で死ぬわけにもいかったから。

 

 

あの日いくことができなかった、あの祭りをもう一度妹と楽しむために。

 

 

 

 

 

 

絶対帰るって約束…守れて本当によかった。

 

 

 

 

 

 

「なに感傷にひたってるのよバカ兄貴!!もうすぐ日が暮れるよー!!!準備できてるの!?!?」

 

 

 

「昔はお兄ちゃんって言っててかわいかったのにな」

 

 

「なんか言った!?」

 

 

「なんでもないよ…」

 

 

 

「まだ戦争が終わって1年だけど、だからこそたくさんの魂を祀るために、生きている人たちに元気を与えられるように、私たちがあの日できなかった祭りを復活させようって話し合ったじゃん!!しっかりしてよ!!!」

 

 

 

「わかってるよ!そのために帰ってきてからは花火職人に弟子入りして、こうして頑張って火薬を玉に詰めてるんだろ」

 

 

 

 

僕は戦争を必死に必死に生き抜いて、1年前にこの妹の待つ地元に帰ってきた。

 

 

 

そして、あの日行けなかった祭りを、妹ともう一度やるために…やり直すために僕は花火職人に弟子入りしたのだ。

 

 

 

 

「準備できた!?」

 

 

 

「おう」

 

 

 

 

こうして妹の祭りバカのせいで、火薬ばかりの世界から帰ってきても、火薬に包まれた世界に身を置いている。

 

 

 

 

「よし、時間だな!!行くぞー!!!」

 

 

 

「いけー兄貴!!」

 

 

 

321…」

 

 

 

でもまぁ、花火って落ちることのない、昇るだけの世界だし…。

 

悪くはない…かな。