BOY, YOU CAN'T FLY

「少年」:不問
『男』:男性

 

※セリフは「」もしくは()の中となっております。
括弧内以外の文章は情景を思い浮かべる際に、登場人物の心情や動作をの参考にして頂ければと思い記載してあります。



『屋上ってのはやっぱり気持ちがいいもんだな』
男は屋上のベンチに寝転がりながら男の子に語り掛けた。

「…」

『空が近いっていうかさ』

「…ねぇおじさん、仕事はいいの?」
男の子は男が話してるところに割り込むように問いかける。
訝しげに、隠しもせず面倒そうな顔を男に向ける。

『坊主、仕事ってのは終わればいいんだ。

   だから、仕事が速い奴はこうした時間ができるんだよ』

「なんだそれ」

『毎日毎日この炎天下で窓ふきしてたらよ、

 そりゃあゆっくりしたくなる時もあるさ。

 いい仕事のためにはこうしたリフレッシュが必要なんだ』

「ねぇ、知ってる?そういうのをサボリっていうんだよ、ダメおじさん」

『……あぁ、もうそうだよ。ここは俺の大事なサボリ場所!

   そして今は俺の大事なサボリ時間ってわけだ!

   そんで、そんな場所のそんな時間に坊主は何してるんだ?』

「何って…見てわからない?」

『あぁ…。まぁ、なんとなくはわかるけど、

 俺の勘違いってこともあるしよ、確認だ』

「おじさんが思ってることでだいたいあってると思うよ」

『まぁ…そんな所に立ってりゃそうだよな。…飛ぶつもりなのか?』
自分の考えが当たっていることに、正直困惑しているといった顔だ。

「あのさ、空ってどこにあると思う?」

男の問いかけに答えず、質問を返す少年。


『な、なんだよ突然。そりゃあ、ここから上に広がる全部が空だろ』

突然の質問に戸惑いながら、キッパリと答える男。


「僕はさ、地面から上全部が空だと思うんだ。ほんの数センチ、数ミリ上も

 そこはすでに空だと思うんだ」


『ほう、そんな風に考えたことはなかったな…。

 まぁ難しいことはわかんないけどよ、

 こんな風にでっかく広がる空を見ていると、

 なんだかどこにでも行けそうな気になるよな』

空を仰ぎ見ながら、男は少年に言う。


「ねぇ、おじさん。おじさんはどこか行きたいところがあるの?

 行ってみたい場所とかさ?」


『ん?あぁ、そうだなぁ。

 俺は一回でいいからニュージーランドに行ってみたいかな』

「ニュージーランド?」

『あぁ、知ってるか?

   ニュージーランドは国民の数より羊の数のほうが多いんだ!

   あいつらの可愛さって言ったらもう…。それに食べても美味い。

   好きにならない理由がないよ』
さっきまで仕事で汗流して働いてた顔もすっかり涼しげになり、遠い世界にその心はもう行ってしまったようだ。

「好きなのに食べるんだ」

『違う!美味しいから好きなんだ!美味しいやつはみんなかわいい』
遠い世界から帰ってきた男は力説する。

「何それ」

『わっかんねーかなぁ』

「わかんないよ。でも、だからニュージーランドなんだね」

『あぁ、だからニュージーランドだ』

「それならわからない?僕がこうする理由」

『わからないかって…まぁわからないな』

「僕の気持ちもそれと同じだよ」

『いやいや、同じって…ぜんぜん違うだろ』

「違わないよ、同じだよ。僕も僕が望む場所で生きていきたい。

   ただ…ただそれだけのことだからさ」
遠くの空が少年の目に映っている。少年の目が真っ青にうつる

『それだけって…そういうわけにはいかないだろ。

   それ以外のこと全部捨てちまわないといけないんだぞ?!

   これからある楽しいこととか、美味しいものとか、嬉しいものとか』

「大丈夫、ちゃんと覚悟は決めてきたから。

   もともと僕自身にはその生き方以上に大事なものなんてなかったし。

  …まぁ、それには及ばないけど大事、なんてものたくさんあったんだけどね」


『及ばなくても大事なものなんだろ!?それ全部亡くなっちまうんだぞ!?』

「んー、嫌だけどさ」

少し困ったような笑顔で男の子は答える。

『ならお前!!』

「でも、もうダメなんだ。僕の中でどんどんこの気持ちが膨らんでいって。

   だからもう…ごめんなさい」
男の子は何かを押さえつけるように胸を握りしめる。

その笑顔はもう、切なさだけしか映し出していない。

『ごめんなさいって…』

「僕は今、僕だけの幸せを考えている。

   僕だけの幸せしか考えられないんだ」
また男の子の顔から笑顔が消え、決意や意志が笑顔に取って代わる。

「僕がいなくなったあと、お父さんやお母さんがどんな顔をして、

 どんな風に毎日を暮すのか想像してみたこともある。

   すごいつらいし、ゴメンねって気持ちで一杯になった。

 だけど、それでもやっぱり僕は…。

 僕って親不孝者だよね、ほんと。

   お父さんとお母さんが望むような子になれなかった」

『お父さんとお母さんが望む子になりたかったのか?』

「お父さんもお母さんも大好きだもん。

 できることなら、そうしてあげたかったとも思う。

 でも結局自分を優先しちゃった。

   僕ってなんでこうダメなんだろ…」


口を開くが、声がつまり何の言葉も出てこない男。

しかし、再び口を開き、力づくで声を出す。
『あーもう!!そんな辛い顔するくらいならしなければいいだろ!

   かわいそうな自分に浸ってんな!

   悲劇の主人公ごっこはごっこで終わらせろよ。もういいだろ!!』

「ごっこかぁ。おじさんも厳しいな。ちょっとグサっときたよ」

驚いた顔で、でも反論するわけでもなく相変わらず空を眺めている。

『悪かったよ。でもな…』

「でもおじさん、僕は単なる悲劇で終わらせたいとは思ってないよ。

   もちろん結局は悲劇なのかもしれないけれど。

   でも、それでも僕はそこにある幸せを、絶対につかむ」

『はぁ!?幸せってなんだよ!そんなことしたら全部終わっちまうんだぞ!?

 そんな物のどこに幸せなんてあるんだよ!!』

「それでも、そこにあるんだ…そこにしかないんだ」

『怖くはないのかよ!?』

「たぶん、怖いんだと思う。膝はがくがく震えてるし、指には力が入らないし」

『それならよ!』

「でも怖い以上に僕は…」

『ダメだ!!』

「でもこれしかないんだ」

『飛ぶな!お前は空を飛べないんだぞ!』

「うん…」

『両手をどれだけ羽ばたかせたって、お前の体はあの空には届かないぞ!』

「うん…」

『なんでそんな死にたがるんだ!!』

「違う」

『違うって…違うってなんだよ!そこから飛んだらお前は死ぬんだぞ!?』

「うん、最後はそうなんだけど。

   …でも、そんなのは地面の上にいたって一緒だ。

   最後は誰だって死ぬじゃないか。

 僕は死にたいんじゃない。僕は、空を生きたいんだ。

 それがたった一瞬でも」

『空を生きたいって…』

「おじさんだってそうでしょ。

   自分の生きたいところで生きて、最後は死んでいく」

『…』

「僕もそうだよ。だから僕はここから飛ぶ。
   そしたら僕のこれからの一生はずっと空の中になるんだ。
   たとえそれが一瞬でも。
   地面が僕を迎えるその瞬間まで、僕のこれからの一生は空にある。
   僕はこれから一生を空で生きる」

『言ってることめちゃくちゃだぞ!』

「僕は死ぬその瞬間まで、一生を幸せに生きて見せるよ。

 じゃあね、おじさん…」

『おい、待っ…!!』
男は目いっぱいの力で地面を蹴ったが、

それと同時に男の子の体は空の世界へと飛び出した。


(すごい、体がどこにも触れていない。風の音が気持ちいい。
   あぁ僕はこれでようやく空を生きることができたんだ。

   僕は今確かに空の一部だ)



「…いた!」
急に男の子の肩と腕に響く痛みがあった。

『痛いのはこっちだバカ!!腕がちぎれるかと思ったぞ!』
息を切らした男が、男の子の手首をしっかりとつかんでいる。

「なら…ならその手を離してよ!おじさん!!僕はもう空の一部だ!
   おじさんが離さないと僕は…僕は地面につながれたままなんだ。
   僕は僕の一生をまっとう出来ないんだ!!
   お願いだから、お願いだから僕から空を奪わないで!

 お願いだから…わかってよ…」
はじめて男の子は語気を荒めた。

『バカやろう、飛ぶならちゃんと飛べ!!』

「はなしてよ……」

『あ?…なんだって?!』

「はなしてよ!!僕はちゃんと飛んだじゃないか!!」

『ちゃんとって…こんなの全然ちゃんとじゃないだろ!そうじゃないだろ!!』

「…!!」

『お前は一瞬だけの一生を送りたいのか!?

   空で生きられるなら、本当に一瞬でいいのか!?

 本気でそんな風に思ってるのか!?』

「そんなの…そんなわけないじゃん!!僕だってずっと生きていきたい!!

 死にたくないよ!!長生きしたいよ!やりたいことなんてたくさんあるよ!!

 でも、だって仕様がないじゃん!」

『何が仕様がないんだ!?』

「それでも僕は空で生きたいんだから!!

 生きるってことは、選ぶってこと!そうでしょ!?
   僕は長い人生じゃなくて、たった一瞬の空の人生を選んだ!!

   両方が選べないんだから、大事な方を選ぶしかないじゃん!!」

瞼から見える涙は男の子と同じように重力には逆らえず、

地面にぽたりぽたりと落ち始めた。

『本当に選択肢はどっちかしかなかったのか!?』

「あるわけないじゃん!他にどんな選択肢があるって言うのさ!」

『まだある!!』

「…?!」

『…お前は頭いいんだろうけど、でも本物のバカだよ。

 だけどよ、何かを得るために何かを捨てる覚悟ができたりとか、

 それを実行できちまったりさ、

 飛びたいって気持ちたった一つをそこまで大事にできるお前を、

   俺はどっか心の隅で格好いいって思っちまったんだ

 俺の半分くらいしか生きていないような、坊主によ」
男は今までこんな力なんて出したことがない、

それくらい強い力で少年の手首を握った。

『だから中途半端で諦めんな、お前の望む一生はそんな一瞬じゃないだろ』


「そうだよ!そうだけど…」

『中途半端に諦めた幸せなんかを望むな!自分を誤魔化してんじゃねえ!

   自分に言い訳してんじゃねえ!!

   どうせなら、あと100年空で生きてみせやがれ!』

「ははっ、100年って…おじさんもたいがいバカっぽい。
   でも確かにそうだ、僕は一生をこの空で過ごしたい。

   …そしてできるなら、この空で長く生きたい。

 でもおじさん、その方法がないんだ」

『ないなんて誰が言ったんだ。

 本当にできること全部試してみたのか?

 何で空を飛ぶかなんて関係ない、なんだっていい。
   とりあえずできることは全部やってみろよ』

「なんだって…?」

『そうだよ、なんだってだ。俺のおすすめはやっぱり科学だな。

   遺伝子操作や反重力装置なんかどうだ?
   もしそれがダメでも、超能力っていうもんも世の中にはあるらしいじゃねえか。
    それに、かつては魔女が空を飛び交っていたらしいじゃねえか。

   弟子入りしてみたらどうだ?』

「ははっ、なんだそれ。おじさん、さすがに子供染みすぎだよ」


『はぁ?!坊主のくせして何言ってんだよ!』

 

「でも、さすがにそんなことにはまだ挑戦してなかったや…」

『どんな小さな可能性だって信じてみろ!
 奇跡なんてそんなもんだろ!?小さな可能性の積み重ねなんだよ!

 小さな可能性を一つ一つ試してみて、

 その沢山の小さな挑戦を踏み台に飛ぶんだ。

 そうやって掴むもんだろ? 奇跡ってのはよ。

 そんな小さな可能性たち全部に裏切られたときにだけ、

 そんな時にだけ諦めるってのは許されるんだよ』

「諦めてたつもりはなかったんだけどな」


『つもりはなくても、現にお前は諦めてるんだよ!』


「そっか…そ」

『くっそ、そろそろ肩が痛くて限界だぞ!さっさと上がってこい!

 まだお前に諦めるっていう選択肢は与えられてねえんだ!!』
男の全身からは汗が垂れ、疲れてることは誰の目から見ても明らかだった。
だけど、その手首をつかむ力だけは最初からずっと変わらない。

「夢は叶ったんだって自分に言い訳するために、

 僕は夢を犠牲にしてたのかもしれない。おじさん頭いいね。

 バカっぽい顔してるのにね」

『うるさいバカ!ほんとに落とすぞ!頭の良し悪しじゃねえ、経験ってやつだ』

「ごめんなさい。…ねぇ、おじさん」

『なんだよ!?もう限界なんだ!!』

「ありがとう」

『ははっ、どういたしまして。飛べるようになったらまたここへ来いよ。

 俺はいつでも、これからもこの屋上にいるからよ。

 空飛んで会いに来いよな』
男は限界なはずなのに、やさしい笑顔をその表情にみせた。

「え? ニュージーランドへは行かないの?」

『行きてえよ!』

「じゃあ行こうよ!!飛行機でびゅーんって」

『わかった!わかったから、とりあえずもう限界なんだ!!
 むこうでゆっくりコーヒーでものみながら、計画たてよう。

 だから早く上がってくれ!!』

「わかった!それじゃあ行くよ…」
そういうと男の子は男の手をぎゅっと握り、屋上端へと引っ張りあげられた。

『はぁ、はぁ、はぁ。あー、マジで死ぬかと思った』
仰向けになり、真上に昇った太陽をまぶしがりながら荒くなった呼吸を整える。

「ハハハ。…改めておじさん、ありがとね」

『おう。…あ、そうだお前さ、飛行機じゃダメだったのか?空を飛ぶって』

「だって、あれは足が床についてるじゃん!そんなのは飛んでるって認めない!!」

『妥協しろよ…』

「残念、もう中途半端では諦めないって決めたから」



『あークソ、余計なこと言っちまったかな』