しづごころなく

 

 

「なぁ、桜乃(さくの)。

 

桜の花びらが舞い落ちてるなか初めてお前を目にしたんだ。

校門から続く桜並木を君はひとり背筋をのばしてりんと歩いていた。

 

お前のまわりだけ桜の花びらが踊っているような気がした。

 

ひらひらと

ゆらゆらと

 

俺の心もゆらゆらと揺れていた。

 

 

今ならもうわかる。

 

俺はお前に、それからずっと恋をしてるんだ」

 

 

 

夕暮れの屋上で俺はそんな恥ずかしいことを彼女に言っていた。

 

 

「はは…、突然の告白だねぇ。そうだったのか…ありがとね」

そういいながら目を伏せた。

うつむき加減に目を合わせないようにしている。

それがどんな意味なのか何に焦っているのか、なんとなくわかる気がする。

 

 

「晴太くんに好きになってもらえるなんて、こんなに光栄なことってないね。

…でも、ごめんね。晴太くんが私に向けてくれる好きに見合うだけの愛情を返すことはできないや」

そんな言葉をいいながら彼女は顔を上げて、こちらを見た。

 

 

 

 

こんな時にも笑うんだな。

笑われて…こっちはどうしろって言うんだよ。

 

 

「あぁ、そんなことはわかってた。

出会った時から1年間、ずっと目が離せなかったから。

ずっと好きだったから。

でもさ、おかげでわかりたくないこともたくさん知るはめになったよ」

 

 

「なんのことかな…わかりたくもないことって…。私の嫌なところでも見つけちゃったかな。ははは…」

 

 

こいつはいつまでとぼけるつもりなんだろう。

こんなことしてなんになるんだろう。

ここまでして隠す必要はもうどこにもないじゃないか。

 

 

「俺らのクラスっていい奴ばっかだよな。

こんないい奴ばっかのクラスなんて本当にあるんだって感動すらしたよ。

…俺さ、すっげぇ瑞野のことが好きなんだ

そんなクラスの中でもあいつほどいい奴なんていなし、俺の一番大事な親友だと思ってる」

 

彼女の手がぎゅっと握られる。

 

 

「俺が瑞野と友達になれたのってお前のおかげなんだよ。

お前がいたから、俺はあいつのことを好きになろうと思ったんだ」

 

 

「そっかあ!そうだね、瑞野くんと私仲良かったからね。

そういった関係で仲良くなれたっていうなら私もうれしい限りだよ」

 

 

「仲がいい…うん、たしかにそうだな。

でも、単純に桜乃と仲がいいだけなら、俺はこんなにもあいつのことを好きになろうとなんてしなかったさ」

 

 

より深くうつむいてほとんど顔が見えない

ただ、横顔から今度はくちびるがぎゅっと噛みしめられているのがわかった。

 

 

「好きなひとの好きなものを自分も好きになりたいってことないか?」

 

 

 

「…」

 

 

 

なんでこいつは何も言わないんだろうか。

なぜわざわざそんな苦しい道を選ぶんだろう。

 

「なぁ、つらくないか?いつまでもそんな態度をとっていて。

言いたいこと言って、素直に生きたほうが楽なんじゃないのか?

桜乃を見てるとつらそうにしか見えないんだよ」

 

 

 

「あのね…ダメなんだよ、口にしたら。世の中どれだけ自由に生きようと思ってもさ、

ダメなんだ。大事なものができちゃうとさ。

きっと私が今素直になったらつらい気持ちにさせてしまうひとがいると思うの。

そのほうが私にはよっぽどつらいんだよ」

 

 

いつの間にか血がにじむくらいに俺は自分の唇をかんでいた。

 

いったい自分が何に耐えているのかわからない。

 

 

 

でも、彼女の言った言葉が何度も何度も自分を突き刺すような気がして、

とても痛くて、

 

とても苦しくて、

 

 

とても腹が立ったんだ。

 

 

 

「…つく」

 

 

 

 

 

「え?」

彼女がようやくこちらを見た。

本当に何と言ったか聞こえなかったようだ。

 

 

「…むかつく」

今度は目を見てはっきりと伝えた。伝わってしまえばいいと思った、

この怒りが。

 

 

 

「じゃあ桜乃のつらさはどこにいけばいいんだよ!誰がおまえのために不自由を選んでくれるっていうんだよ!!なんでおまえばっかりそんな役回り買って出てんだよ!!

どうして…そんな…」

 

 

 

「もう、なんでいきなりそんな怒り出すかな。大丈夫だよ、私は大丈夫だからね。ありがとう心配してくれて」

すこし困った顔で笑いながら、何でもないようにありがとうと答える桜乃が正直怖かった。

 

 

 

「なんでありがとうなんだよ、くそ…」

本当に血が出るんじゃないかってくらい唇をかんだ。

 

 

 

 

「本当にありがとうね、本当にうれしいよ。

これは本当。

晴太くんはやさしいよね。とても…すごく」

 

 

「違う!やさしくなんてない!!すごく傲慢でわがままで…自分のことしか考えてなくて…」

 

その時、渡り廊下に瑞野の姿が見えた。

 

俺は立ち上がり、屋上のフェンス越しに渡り廊下の瑞野を呼んだ

「おーい、みーずのー!!」

 

 

こちらに気が付いたようで渡り廊下の窓から瑞野がこちらをのぞいて返事を返してきた。

その隣にはとてもかわいらしい少女が瑞野と一緒にこちらに手をふっている。

 

 

「瑞野にはほんともったいないくらいかわいい彼女だよなー!!高遠さーん!瑞野が嫌になったら俺のところにきてもいいんだぞー!!」

 

 

「晴太―!あほなこと言うのやめろ!!」

 

 

「おー、焦ってるねぇ。そんなに高遠さんのことが大好きかー!?」

 

 

 

「…だ、大好きだよバカ野郎!!!」

 

 

そのまま瑞野は顔を赤くして

渡り廊下を早足で歩いていってしまった。

 

 

 

桜乃はも立ち上がって、にこにことした笑顔で二人を見送っていた。

本当に、ふたりを祝福するように…この世界には幸せしかないかのように。

 

 

 

そこで笑う桜の気持ちが俺にはわからなかった。

いや、もっと言うと気持ちが悪かった。

この一年間ずっと俺が桜乃に対してしてきたこととはもう次元がちがった。

とてつもなく頑固で意固地で頑なで、たぶん桜乃を好きじゃなかったら彼女の気持ちには俺も気付かなかったんだろう。

 

ひとを好きだって気持ちをここまで抑え込んで、ひとの幸せを願うことが

どれだけ大変なことなのか俺だって嫌というほどわかっている。

 

だからこそ、それをなんでもないような顔をして、

まるで当たり前のようにやってしまう桜乃が怖くて気持ち悪くて憧れて大好きで…大好きだったんだ。

 

 

「なんでそこで笑うんだよ…。

笑って何になるんだよ…。

そんなの全部お前が抱え込んで…

それでいったい誰が幸せになるんだよ!!」

 

「抱え込むって、そんな大げさな」

また少し困ったように、笑顔を作る。

 

 

「違うんだよ…違うんだ…嘘でもいいからさ、そういう時は泣いておくんだ!じゃないとかわいそうだろ!!お前のその気持ちをなかったことにしてやらないでくれ!!!」

 

 

桜乃の顔から笑顔はなくなったがそれでもまだ泣くことはなかった。

 

 

まっすぐに目を合わせてはっきりしたきれいな声でいった。

「私は瑞野くんを困らせるようなことはしたくない。

うんん、瑞野くんだけじゃない高遠さんのことも絶対に困らせたくないの。

つらい気持ちにさせたくないの。

私はそんなにできた人間じゃないし、私ができることなんて本当に限られてるの。

私は瑞野くんに幸せになってほしい。

そのためにできることは全部したいの。

今、私にできることはこれだけだから…」

 

 

 

 

「いい加減にしろ!そんなつらい顔で誰かの幸せを祈ってどうするんだよ!
瑞野は、おまえの気持ちが黙って殺されていくことを喜ぶ奴か!?誰かの死んだ気持ちの上に成り立ってる幸せを、そんな幸せをおまえは瑞野に与えたいのか!?

……ふっざけんなあぁ!!!」

 

 

 

「だから…だからなかったことにするんじゃない!!最初っからなかったことに…死んだんじゃない最初っからなかったのよ!!」

はじめて桜乃が大声をあげたのを聞いた気がする。

だけど、もう桜乃の表情を読み取っている余裕すら俺にはなかった。

ただあとからあとから流れ出てくる感情をようやく言葉にすることで精いっぱいだった。

 

 

「見くびるなよ!おまえの愛情はだれよりもやさしくて、なによりもあったかい!!そんなおまえ自身の愛情を見くびってんじゃねえよ!!

おまえの愛情は誰かを不幸になんか絶対にしねえ!!

俺はおまえが好きだ!大好きだ!!俺が好きなのはこの世でたったひとり桜乃だけだ!!お前が大好きなのはだれだ!おまえが四六時中目で追って、心の中で思い描いて、そいつの幸せばっかり考えて!言ってみろ!」

 

 

 

「嫌だ…言いたくない、嫌だ、嫌だ嫌だやだやだやだやだやだやだやだやだ」

 

「言っえええええええええええええええええええええ!!!

なんでそのたった一言が言えないんだ!ずっとずっと心の奥に閉じ込めて…おまえの気持ちだろ…おまえが大事にしてやらなくてどうすんだよ!」

 

 

「嫌だよ!これを口にしちゃったらもう私は私を誤魔化せなくなっちゃうよ!!

それにこんな気持ち、誰も幸せにならない!!言いたくない!このまま、なかったことにするの!!」

 

 

 

「ばっかやろう!!誰かが誰かを好きになった気持ちをなかったほうがいいなんて言うな!俺は…俺は桜乃を好きになってよかったって思う!桜乃を好きになれたから俺は瑞野も好きになった、この学校を好きになった、この人生を好きになれた…自分を好きになれたんだ。

だからおまえも…もう。

もう、自分を誤魔化すな!誤魔化して笑ったりすんな!!

おまえがどれだけあいつを好きだったのか聞いてやる、

お前がどれだけつらかったのかわかってやる、

俺が…俺が一緒に泣いてやるから

だからもう好きだって気持ちをなかったことにするな…お願いだから」

本当に自分の目からぼろぼろと涙が大量にあふれてきた。

 

 

 

「そ、そんなの…だって…う、う…うわあああああああああああああああ」

自分と同じように大粒の涙が桜乃の目からもとめどなくあふれ出てきた。

いったいどれだけの涙をその小さな体にこらえていたのだろうか。

 

 

「ばかぁ、ずっとずっと我慢してたのに。

ずっとずっとみんなが幸せでいられるようにってずっと我慢してたのに。

私がこの言葉を言ったら…だって…晴太くんのことまで傷つけちゃうから…だからずっと我慢してたのに…うわあああああぁ」

 

 

 

「瑞野に伝えろって言ったって頑固な桜乃のことだ、絶対に言わないんだろうけど。

せめて俺には言ってくれ。頼むから…おまえのあんなつらい笑顔、もう見たくないから」

 

 

 

 

子どもみたいにスカートをぎゅうっと握りしめながらぼろぼろ泣いている桜乃の姿を見て抱き寄せずにはいられなかった。

 

 

胸があたたかく濡れるのがわかった。

桜乃は振りほどくでもなく、だが応じることもなく、固くスカートをぎゅうっと握って泣いていた。

 

 

 

「私は…瑞野くんが好きなの」

たったひとことだけ、泣き声に埋もれてしまいそうになりながらも、

しっかりと言ったのが聞こえた。

 

 

 

「だから、晴太くんのことはこれ以上好きになれない…」

 

 

「ありがとう桜乃、やっぱりやさしいなお前は」

そう言いながら、一回だけ強く抱きしめてから桜乃から離れた。

 

 

 

桜乃の涙はまだまだ止まることがなさそうな勢いだった。

 

「桜乃、またいつでも泣きに来ていい。俺はおまえが大好きだ。だから、付き合いたいなんて言わない。

だけど、ずっとそばにいてやる。泣きたくなったら、つらくなったらまた俺んところにこい」

そう言った後は桜乃が泣き止むまで隣に座って夕日が校舎の陰に沈んでいくのを見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

それから以降、結局桜乃が俺のところに泣きにきたことは一度もなかった。

それどころが「瑞野が好き」その言葉をあいつの口から聞くこともなかった。

 

 

こんな夕暮れになると、あの時を思い出す。

 

 

あの日見た桜乃の涙は夕日の照らされてきらきらしてとてもきれいだったのは、

これからもずっと忘れられそうにもない。

 

 

 

「なぁ、桜乃…もうつらくないのか?また、泣いたっていいんだぞ…」

 

 

 

 

「ん?相変わらず突然だなぁ。

そうだね、もうつらくない…って言ったら嘘だけど、

ただ…うん……いや、なんでもない」

 

 

 

桜乃の顔が夕日に照らされて赤く見えた。

 

たぶん俺の顔も同じように夕日で赤くなってたんだろう。