Count your lucky stars

 

「おばあちゃんっ!!おばあちゃんは魔法使いなの?」

 

 

少年が大きな声で老婆に問いかけた。

 

 

 

「おやおやコヨル、どうしてそう思うのかしら?」

 

 

 

 

「だって、おばあちゃんの机の引き出しに、星が書いた紙がたくさん入っていたよ。あれはおまじないに使うんでしょ?」

 

 

「あらあら、バレちゃったかしら。ふふ。でも勝手にひとの引き出しを開けてはダメよ」

 

 

 

 

おばあちゃんはニコニコしながら、コヨルの頭をやさしくなでた。

 

 

 

 

 

「やっぱりね!」

 

 

 

コヨルは笑顔を絶やさないまま、その興味はすぐに違うものへと移っていった。

 

 

 

 

「お義母さん、すいません。突然無理を言って」

 

 

 

 

「いいのよ、たった1日の話でしょ。あなたたちが忙しいのはわかっているし、

あの子もそれを望んでいるみたいだから。大丈夫よ、私に任せときなさい」

 

 

 

おばあちゃんは細い腕に小さな力こぶを作ってみせた。

 

 

 

 

「じゃあコヨル、お母さんたちはもう行くけど、良い子にしてるのよ」

 

 

コヨルはお母さんに顔をむけて、屈託のない笑顔を見せたが、

次の瞬間にはもう、視線は蝶に向けられていた。

 

 

 

 

コヨルがひとしきり遊び疲れた頃に、おばあちゃんはご飯にするわよーと声をかけた。

 

 

 

 

あたりはすっかり暗くなっており、皿のシチューからはあったかそうな湯気が立っていた。

 

 

 

 

「さあさ、あったかいうちに早く食べましょう」

 

 

 

 

「あぁ、おばーちゃーん。ぼく、にんじんもブロッコリーも苦手だよ」

 

 

 

 

「ふふ、知ってるわよ。でも大丈夫」

 

 

 

「おばあちゃんは魔法使いよ。魔法の粉が入ってるからおいしくできてるの。ほらこれがその粉よ」

 

 

おばあちゃんはキラキラと光る白い粉を見せてくれた。

 

 

 

コヨルは困惑しながらも、どこかワクワクした気持ちでにんじんを口に運んだ。

 

 

 

 

 

「っ!おいしいよ、おばあちゃん!おばあちゃんは本当に魔法使いだったんだ!!最高の魔法使いだよ!!」

 

 

「ありがとう、最高のほめ言葉よ」

 

コヨルはにんじんもブロッコリーも関係なくバクバクとシチューを口に運んでいった。

 

 

 

 

おばあちゃんは、眼がなくなるんじゃないかってほどに深い笑いじわをつくって、コヨルのことを見ていた。

 

 

 

コヨルはご飯を食べ終わり、部屋のベッドにもぐり込んで、天井を見上げた。

 

 

 

そこには見たことない天井しかなかったが、なぜだろうか、どことなく包まれるようなあったかい気持ちになった。

 

 

 

 

朝起きると、カーテンの隙間から風が抜けてくる。

それと共に、カーテンの揺れに合わせて光がたゆたいながら入ってきた。

 

 

「ん~。おばあちゃん、おはよう」

 

「はい、おはようコヨル」

 

 

 

香ばしいベーコンの匂いと、焼けたトーストの香りが朝ごはんを告げていた。

 

 

 

おばあちゃんとの朝ごはんを始めると、窓から朝日がのぞいてきた。

 

 

こんなに気持ちのいい朝日は初めて感じた気がする。

これもおばあちゃんの魔法なのかな。

魔法ってもっと怖いものかと思ってたけど、

おばあちゃんはいい魔法使いなんだ。

 

 

 

「コヨルー」

 

「あ!おかあさんっ!!早かったねっ」

 

 

おかあさんがにこにこしながら、朝日を背にして丘を登ってくるのが見えた。

 

 

 

「お義母さん、ありがとうございました。何かご迷惑おかけしなかったですか?」

 

 

 

「いえいえ、こちらのほうが元気を貰ったようよ。ありがとうね、コヨル」

 

 

コヨルは照れくさそうにそっぽを向いてしまった。

 

 

 

「汽車の時間があるので、バタバタしちゃってすいませんが、

 これで失礼いたします」

 

「おばあちゃん、じゃあね」

 

「はい、じゃあね。またいつでもいらっしゃい」

 

 

帰りの汽車ではお母さんに、おばあちゃんはやっぱり魔法使いだったと楽しそうに話した。

 

「ぼくもおばあちゃんみたいにいい魔法使いになりたいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

ある日コヨルは走っていた。

 

 

急いで、それ以上にもっと急いで駆けていると、

段差に足を引っ掛けて転んでしまった。

 

 

 

コヨルは泣きそうになりながらも、また走りだした。

 

 

 

カランカランとチャイムの音が聞こえるときに、コヨルはまだ走っていた。

 

 

「はぁはぁ…なんとか間に合ったよ…」

教室に駆け込み息を整える。

 

 

とりあえず授業の準備をしようとするが、

宿題を忘れてしまったことに気がついた。

 

 

 

先生に注意されているなか、なんて自分は不運で不幸なんだとコヨルは考えていた。

「お母さんが寝坊するなんてありえないよ。いっつも僕には怒るくせして…」

 

 

そんなことを思いながら見る窓からは、どんよりとした空がのぞいていた。

 

 

 

 

もし、僕に魔法が使えたら、この窓から爽やか風と光が飛び込んでくるようにできるのにな。

 

 

そんなことを考えながら午前中の授業を耐えるように過ごした。

 

 

コヨルも他の子供たちと同じように、給食の時間が楽しみだったが、

こんな日に限って給食は嫌いなものがたくさん入っていた。

 

 

ニンジンが最後の最後まで皿に残ったままだった。

「おばあちゃんの魔法がないならにんじんなんて食べられないよ」

 

 

魔法が使えたらこのにんじんもおいしくなるのに。

 

 

 

授業が終わるころにはそんなコヨルの気持ちを察したのか、

空もどんよりと暗くなって、大粒の雨が降り出していた。

 

 

「傘…持ってないや」

 

 

コヨルは雨の中、濡れながらあるいてた。

「なんでこんなに嫌なことばっかり続くんだ。今日だけでいったい何個あったかな」

 

 

数えようかと思った時に、どんっと何かがぶつかってきた。

 

 

「おい、お前邪魔だよ!」

 

 

コヨルは水たまりに勢いよくしりもちをついてしまった。

 

 

「!!……」

 

声のした方をキッと見ると、

身体の大きな男の子がこっちを睨みつけていた。

 

 

コヨルは顔を伏せてしまった。

そして、何も言うことができなかった。

 

 

 

何事もなかったように立ち上がるが、雨にまぎれて涙がこぼれているのが自分でもわかった。

 

 

 

歩く速さはいつも通り、顔には悔しさを浮かべて。

 

 

そしてコヨルは、悔しさと一緒に、少しだけ決心した顔を浮かべた。

 

 

 

頼まれたおつかいのお金を握りしめて、駅のチケット売り場でコヨルは駅名を告げていた。

 

 

 

座席に着いてしばらく、外を眺めていた。

 

 

 

景色は都会のそれから段々と変わっていく。

 

 

 

気が付くと、小さい子供と若いお母さんが向かいの座席に座っていた。

 

 

 

二人ともなんとも幸せそうに笑っている。

 

 

 

見ないように見ないように、コヨルはずっと外ばかりを向いていた。

 

 

 

「一人でおでかけ?」

 

突然の声にコヨルは驚いた。

若いお母さんが自分に笑顔を向けていた。

 

 

コヨルは小さくうなずいた。

 

 

「偉いわね。私たちは次で降りるから、よかったらこれ貰ってくれないかしら」

 

 

 

そうしてお母さんは気をつけてねと声をかけて子供と一緒に次の駅で降りて行った。

 

 

 

くれたのは、にんじんのジュースだった。

 

 

 

コヨルは世界が自分に嫌がらせでもしているんじゃないかって、そう思った。

何に怒ればいいのかわからない、そんな気持ちを顔には出さないように、

駅が過ぎていくのを、ただひたすらに待った。

 

 

雨はすっかり上がって、太陽が空を赤く染めたころ、

コヨルはおばあちゃんの家に向かって歩いていた。

 

 

一回しか行ったことのない道。

 

 

 

 

しかし、コヨルは何かにひきつけられるように、

迷わずに丘の上のおばあちゃんの家に行きついた。

 

 

 

 

ドアをノックすると、

 

「はーい、どなたですか」 

 

魔法使いの声にしてはなんとも優しい声だ。

 

 

 

おばあちゃんの顔をみるとコヨルの瞼は熱くなって、コヨルの頬は冷たくなった。

 

 

 

涙がぽたぽたとまだ濡れた地面に吸い込まれていった。

 

 

おばあちゃんは少しびっくりしたようだったが、

前と同じ笑顔で招き入れてくれた。

 

 

 

「あらあら、びしょ濡れじゃない!とりあえずはお風呂ね!!あと、ご飯は食べたのかしら?」

 

コヨルが首を横に振ると、おばあちゃんは笑顔で準備をしてくれた。

 

 

お風呂から上がったコヨルは、食卓でヒックヒック…としゃくりあげている。

台所ではおばあちゃんがやさしいメロディーを口ずさみながら、

あの時と同じ香りを部屋中に振りまいていた。

 

 

 

「できたわよ。口に合うかしら」

 

 

 

そこには、シチューとパンとサラダとチキン。

 

 

 

コヨルはシチューと一緒に、にんじんもスプーンに乗っけて、

勢い良くすすりだした。

 

 

次第に頬の涙跡も消えていった。

 

 

 

「やっぱりおばあちゃんのにんじんはおいしいや」

 

 

「ふふ、ありがとうねコヨル。おばあちゃんうれしいわ」

ただでさえ細い目がうんと細くなった。

 

 

「…ねえ、おばあちゃん。あのさ…僕に!僕に魔法を教えてほしいんだ!!」

 

 

コヨルは悔しそうな、悲しそうな顔をして、おばあちゃんの目をまっすぐに見た。

 

 

 

 

「どうしたの、そんなに必死になって。なにか嫌なことでもあったのかしら?」

 

「なんでわかったの!!」

おばあちゃんの笑顔はずっと暖かいままだ。

 

 

「ふふふ、いいわよコヨル。魔法を教えてあげるわ。

でもねコヨル、実は私に使える魔法はひとつしかないのよ」

 

コヨルは少しびっくりした。

「それは今日僕になにがあったか当てた魔法?」

 

「おばあちゃんはコヨルよりもたくさん生きてきたでしょ?だから、なんとなくそうかなってわかるだけよ」

 

 

 

「じゃあ、にんじんをおいしくする魔法?」 

 

 

 

「ふふふ、それはおばあちゃんが料理上手なだけよ」

 

 

 

コヨルは困った顔をおばあちゃんに向けた。

 

「そうね、外はすっかり暗いし、それに今日は雨もあがってとても澄んだ空ね。今から教えてあげるわ」

 

 

 

そう言うとおばあちゃんは、デザートのパイをバスケットに入れて、出かける準備を始めた。

 

 

 

 

「じゃあ、夜のピクニックに出発しましょう」

 

 

 

コヨルは目を見開いておばあちゃんを見たが、おばあちゃんは本気のようだった。

 

 

 

おばあちゃんが進む道を、少し不安げになりながらも付いて行く。

 

 

 

「この辺にしましょうか」

 

 

それはまだ、家の明かりが見えるくらいの場所だった。

 

おばあちゃんはバスケットを開けて、パイを取り出した。

 

 

 

コヨルにもそれを渡し、笑顔でパクパクと頬張っている。

 

 

 

「コヨル、あれは、おばあちゃんがおじいさんに会った時の星なの」

 

 

 

コヨルは何が何だか分からず、黙ったままおばあちゃんのことを見上げた。

 

 

 

「それで、あっちがあなたのお父さんが生まれたとき。

で、あっちは私が初めてパイが焼けたときの星よ」

 

おばあちゃんは子供のような笑顔で、自慢げな顔をしながらコヨルのことを見た。

 

 

 

「私にできる魔法って、大したことのない魔法なの。ただ、ほんの少しだけ人生を楽しくすることができるかなっていう程度の魔法なの。

だけど私はこの魔法にたくさん救われたし幸せにしてもらった。

わたしにとって、とても大事な魔法『Count your lucky stars』っていうの」

 

 

 

 

 

「自分が幸せになるたびに、この夜空の星を一つずつ数えていくの。

私はこの夜空を見上げて、幸せの星が増えていくのがいつも楽しみで仕方がないのよ」

 

 

 

「それじゃあ、コヨルは今日何かいいことあったかしら」

 

 

 

「…おばあちゃんの家まで迷わずに一人で来られたことかな」

 

「あと、おばあちゃんの料理がおいしくて、またにんじんが食べられたこと!」

 

 

 

夜空の星が二つ、幸せの星にかわった。

コヨルはたったそれだけのことなのに、世界が少し幸せで埋まった気がした。

 

「いいことって、どんな日にも何個かはあるもんなんだね」

 

コヨルはまた夜空を見上げて、

 

「…あと、もうひとつ。

いい魔法使いに、幸せな魔法を教えてもらったこと。
それは、あの北に光る星にしようかな」

 

 

 

コヨルの眼は星が映り込んでいるのか、きらきらと光っていた。

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、お母さんが心配しながら飛んできた。

 

 

コヨルはまだ朝なのにも関わらず、はやく星が出ないかと待ち遠しい気分になった。

 

 

 

 

帰りの汽車では、お母さんからたくさん怒られた。

それをコヨルはにんじんのジュースを飲みながら聞いていた。

 

今日はまずお母さんが心配してくれたこと、それとにんじんのジュースがおいしかったこと。

もう2つもlucky starが見つかったよ。

 

 

 

 

何年も何年もたって、コヨルには深いしわが刻まれていた。

 

 

そんな時、かわいい孫が泣きながらコヨルのところにやってきた。

 

コヨルは、あの時のおばあちゃんのように、少しだけ幸せになる魔法を教えてあげた。

 

「コヨルおじいちゃんは、この夜空でどれだけの星を数えたの?」

そんなことを尋ねられた。

 

 

「おじいちゃんはもう、この夜空の星は全部数えてしまったんだよ」

 

孫はとても驚いていた。

 

そして、それを自分の目標にするんだと、おじいちゃんよりもたくさんのlucky starを見つけるんだと、コヨルに何度も何度も宣言した。

 

 

 

孫が寝付いたころ、コヨルは紙を取り出して、そこに大きな星を書いた。

 

 

「これは孫が自分を頼ってきてくれた星」

 

 

 

コヨルは引き出しにその星をしまった。

そこの引き出しには夜空の星よりもたくさんの星でいっぱいになっていた。

 

 

 

「おばあちゃんにそろそろ追いつけたかな」