泣き虫な兄弟

 

小さな男の子が泣いていた。

 

その隣にはもう少し大きな男の子が静かに立っていた。

 

 

 

「どうしたんだ?」

 

 

 

「おにいちゃん。猫がねっ・・・すごい上手にねっ・・・木に登ったの

すごくね・・・すごくかっこよかったの」

 

 

「そうか、それで感動したんだな」

 

 

 

お兄ちゃんは静かに、表情を変えないまま弟が泣きやむのを待っていた。

 

 

ぐすんぐすんという泣き声もしだいに小さくなっていった。

 

 

 

 

「じゃあ行くか」

 

 

「ぐすんぐすん…」

 

 

 

 

弟がまた泣き出していた。

 

「今度はどうしたんだ?」

 

 

 

 

「あのね・・・太陽が力づよくてきれいな黄色にひかってたの」

 

 

 

 

 

「あぁ、たしかにきれいだね」

 

 

 

 

 

弟が泣きやむのをお兄ちゃんは静かに穏やかに待っていた。

 

 

 

「おにいちゃん、いつもごめんね。泣いてばっかでおにいちゃんを待たせて」

 

 

 

 

 

「そんなことを気にしてたのか。お前が泣くのときはいつも僕はすごいきれいなものを見ることができるんだ。いつまでもお前が泣くことができる世界であってほしいと思うよ。だからたくさん泣いていいんだ」

 

 

 

 

うわーんと弟は大声をあげて泣き始めた。

 

 

お兄ちゃんは少し驚いたようだったが、また静かに寝転がって太陽をみていた。

 

 

 

 

「…もういいよ。もう大丈夫だから」

 

 

「急ぐ旅じゃない。ゆっくりいこうな」

 

 

また弟の瞼にたまるものがあったが、お兄ちゃんはちょっと照れくさくなって

かまわず歩きだした。

 

 

 

その後も弟はいろんなことで泣いた。

 

 

 

風がさわやかだと。

 

雪がきれいだと。

 

羊があったかいと。

 

 

 

いつもお兄ちゃんはそばで何も言わずに弟が泣くものを見て、弟が泣きやむのを待っていた。

 

 

 

 

ある朝、お兄ちゃんが目を覚ました時、弟がまた泣いていた。

 

 

弟の目の前にはとても大きなライオンがその太陽を背に立っていた。

 

 

 

 

「そうか、そんなにわしが怖いか。大きな爪、鋭い牙は今はお前らを喰うためにある。恐ろしく思うのも無理はない」

 

 

 

「違うよ。ぼくの弟はそんなことで泣いたりしないよ。

悲しくても、つらくてもそんなことじゃ泣かない…弟が泣くときはいつも幸せなときだ。

だぶん、おじさんが太陽を背にして光ってる姿があまりにも凛として美しかったんじゃないかな」

 

 

 

 

「わしを美しいとはおもしろい。

しかし、この爪はお前らを抑え込み、引き裂くためにある。

この牙はおまえらの喉に咬みつき、肉を喰うためについている。

 

それをこわいと思って、わしを嫌ってくれるからこそ、わしはお前らをひとおもいに狩ることができるんじゃ。

 

美しいなんて言葉はわしの食事の邪魔以外の何物でもない。

わしのことを恐ろしいと、嫌いだと思うまでしばらく食事はおあずけじゃな」

 

 

 

ひっくひっく

 

 

 

弟も少し落ち着いてきたようだ。

 

 

お兄ちゃんは立ち上がった。

 

 

「どこに行くのじゃ?」

 

 

 

 

「どこかは知らないけど、きっとこっち」

 

 

 

 

「そうか知らないか。ならわしは獲物を追いかけるとしようかの」

 

 

 

 

 

おおきなライオンは兄弟のあとを追って歩き出した。

 

 

 

 

 

しばらく歩くと『ガオー』とライオンが兄弟に向かって吠えた。

 

 

 

弟は泣き出した。ライオンが恐ろしいかと尋ねると弟は大きく首を横に振った。

 

 

 

 

ライオンはどうしたものかという顔でふせてしまった。

 

 

 

 

お兄ちゃんはいつものように弟が泣きやむのを静かに待っていた。

 

 

 

 

 

またしばらくするとライオンの牙と爪には血がついていた。

ライオンの目の前にはシカが暗い目をして全く動かずに横たわっていた。

 

 

 

 

弟はぐすんぐすんと泣き出した。

 

「どうだ?」と聞くライオンの問いに弟はぶんぶんと首を横に振った。

 

 

 

 

兄弟は崖下の森を歩いていた。ライオンもそこを一緒に歩いていた。

 

弟は今はまだ泣くこともなく、お兄ちゃんもいつも通り静かに歩いていた。

 

 

 

 

ドーン!!

 

 

 

どこかで大きな音がしたと思ったらライオンが弟にとびかかっていた。

 

 

 

 

「どうだ、恐ろしいか?」

 

 

弟はぶんぶんと首をいつものように振った。

 

 

「ありがとう、おじちゃん…」

弟はもう顔がぐしゃぐしゃになるほど大声で泣きじゃくっていた。

 

 

 

 

「おじちゃんが、いろんな怖いものから僕らを守るために大きく吠えた声、すごくかっこよかったんだ。

 

おじちゃんがまだ力も弱くて、命を奪う覚悟もできてない僕らのかわりに食べものを持ってきてくれるやさしさがすごいうれしかったんだ。

 

 

そして落ちてきた岩から僕を守ってくれたことがすごい勇気だって。

 

ごめんね、おじちゃん。ありがとう」

 

 

ライオンの背中には大きな岩がのっている。

 

 

 

お兄ちゃんは黙って立っていた。

 

 

 

 

ライオンは力なく伏せた。

 

 

 

泣き声は二つになっていた。

 

 

 

「美しいってきれいなことばじゃな。そんな風に言ってくれたやつらのために死ぬのもいいかもしれないと思ったんだが」

 

 

 

 

 

ぐすんぐすん…。

 

 

 

 

 

いつのまにか泣き声が二つになっている。

 

 

 

お兄ちゃんの目からはいつのまにかたくさんの涙が流れ出ていた。

 

 

 

 

 

「おじさんは死んだらいやだよ…それはあまりにも…悲しいよ」

 

 

 

 

 

おにいちゃんの顔はもう涙でふやけてしまったかのようにぐちゃぐちゃで、いつもの穏やかの表情はもうどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

「僕らのために死ぬだなんて言ってほしいんじゃないよ。僕はおじさんに生きていてもらいたいんだ。これからも…ずっと。おじさんがいなくなってしまうのがすごく…こわいんだ」

 

 

 

 

「やっとわしを恐ろしいといってくれたか。今さらもう食べる気にもなれんがな」

 

 

 

「おじさん、生きてよ」

「おじちゃん、生きてよ」

 

 

 

 

「また恐ろしく難しいことをいう小僧たちだ。

 

そうだな、でも、お前らのためなら死んでもいいと思った。

だったらお前らのために生きるのなんてなんとた易いものか。

お前らのために生きられるなら、お前らの幸せを願うのはなんと…た易い」

 

 

 

 

 

ライオンはその四肢に力を込めた。

血管が浮かび上がり、牙が折れんばかりに歯をくいしばった。

 

 

 

二つの泣き声が響くたびにその四肢にはどんどんと力がこもっていった。

 

 

 

 

「おじさんっ!」

「おじちゃんっ!」

 

 

 

その声とともに岩がゴロゴロと転がりだした。

 

 

 

 

ライオンはその大きな体をついにはむくっと起き上がらせた。

 

 

 

 

弟はここぞとばかりにしゃくりあげて大きな声で泣いた。

 

 

 

 

お兄ちゃんは目を真っ赤にして満面の笑みを浮かべていた。

 

 

「うれしいときに泣くのが弟でかなしいときに泣くのが兄か…まったく泣き虫な兄弟じゃな」

 

 

 

 

太陽の下には

太陽のように輝くたてがみをなびかせるライオンと、

 

太陽のように周りをあっためる小さな男の子と、

 

 

太陽のような笑顔の男の子がいた。